ブラック珈琲と砂糖入り珈琲

聖書には「人からしてもらいたいことは何でも、あなた方も同じようにしなさい」という言葉があります。例えば、ブラックコーヒー派のAさんがこの言葉を実践しようと、砂糖派のBさんに、ブラックコーヒーを淹れました。しかし、Bさんは全然喜んでくれません。何が問題だったのでしょう。

それは、Aさんが、自分が喜ぶことをそのまましてしまったからです。ではどうすれば良かったのか、答えはBさんが一番喜ぶコーヒーは何なのかを考え、砂糖入りのーヒーを淹れることでした。

冒頭の聖書の言葉には自分が喜ぶことを同じようにするのではなく、自分にとってマイナスでも相手が心から笑顔になることをするようにという意味があるのです。

私たちは、幸せを求めます。だとするなら同じように他者にも幸せをもたらす生き方をしていくことが大切です。これが聖書に示されている生きる道です。

その為には、他者の喜ぶことが何なのか考えないといけません。自分はブラック派だけど、この人は砂糖入りか、それともカフェオレか、何が好きなのかと、その人に思いを向けないと喜びを与えることができません。

ある意味それは、面倒な事かもしれませんが。その面倒な事こそ人間にとってとても大切なことだと思うのです。